東京の小平にはガスの博物館なんてものがある。
電気・水道・ガスは貴重なインフラであるが、
実はよく仕組みなどが分かっていなかったりもする。
というわけで、今回はそんなインフラの1つであるガスについて学びたいと思う。
ガスの博物館は大きな2つの建物に分かれている。
左の建物はガス灯を展示しており、右の建物はガス関係の給湯器やコンロ、ストーブなどを紹介している。
まずは左の建物から行ってみることにしよう。
ガス灯
明治時代の初期。
ガスは明かりとして使われていた。
ガスを燃焼させて街を明るくしていた。
こんなにたくさんの種類のガス灯があった。
ガス灯の光はオレンジ色で蛍光灯やLEDと比べると暖かい光。
どうせなら照らして展示してほしかったなぁ。
初期のガス灯は手動で火を点けていた。
それでも明かりの無かった時代と比べると画期的だったのだろう。
外にはガスの製造機の模型が置いてあった。
これは乾式脱硫機。石炭ガスの精製過程のうちで、
硫化水素などを除去する装置であり、水酸化鉄の層に通して脱硫を行う。
うん、こんな説明が書いてあったけど、全然分からない(笑)
こちらはコークガイド。
かまどから排出されるコークスを消化者に導く装置で、
かまど前の台上に敷いたレールを走行する。
うん、難しすぎて何が何やら(笑)
もう1つの建物へと入ってみる。
こちらでは生活に関わるガス用品が展示されていた。
ガスストーブ
上部はコンロになっており、
ヤカンを置けるようになっている。
部屋が乾燥しないような工夫がこの頃からなされている。
コロンビア二口七輪
とてもシンプルな構造をしている。
明治37年製。100年以上前の製品だが、
現在のガスコンロとほとんど構造が変わらない。
洗面湯沸
大正時代のものだが、熱源がむき出しになっている。
触った瞬間火傷してしまうだろう。今では考えられない構造。
ストーブ、コンロ、湯沸し、照明。
当時も今も生活するうえでガスは欠かせない。
ガス灯が東京に設置されたのは明治7年。
明治20年代に電灯会社が設立するまでは重宝したようだ。
ガス灯は室外灯から室内灯へと移行していき、
娯楽の発展にも寄与することとなった。
大正時代のガスマントル。
燃焼させると強い光を発し、室内を明るく照らす。
このおかげでガス灯の家庭への普及は急増していった。
照明用とコンロ用の2口の分岐ケーブル。
たしかに2つを同時に使えるのは便利だろうが、
ケーブルがすごい邪魔そう。
コンロの火でケーブルが切れたら大惨事になってしまう。
こちらはいろんなものがセットになった台。
コンロ、グリル、オーブンがセットになっている。
形は違うが、今の家庭にも普通にあるもの。当時から完成されていたんだなぁ。
ガスストーブ
当時の冬は今より寒かったことだろう。
そんな中暖房器具の登場は画期的だったようだ。
ガス式のかまど。
形は違うが、今でも大量に炊く用に存在する。
電気釜よりも直火釜炊のほうが美味しいイメージ。
ガスバーナー
理科の実験で使われるやつ。
上と下のダイヤルでガスと空気を調節し、火力を調節する。
理科室にあるやつは上下のダイヤルがくっついてしまい、大変だった思い出がある。
ガス式のアイロン。
大正時代にアイロンっていう概念があったのがびっくり。
ガスホースが邪魔そう。
ガス式の火鉢
下にガスホースの連結口があり、上にコンロがある。
ハイテクなんだろうけど、なんだか風情がないなぁ。
ストーブと兼用のコンロ
熱源を一体化させるという発想としてはいいんだろうけど、普通逆だよね?
ストーブの上にコンロを置くかと思いきや、コンロの部分にストーブを置いてある。
ガス式の湯沸かし器。
家庭用のお風呂の普及に貢献した一品。
それまでは銭湯に行くのが普通だったが、昭和30年頃に家庭用のお風呂が普及した。
カニ型のガスストーブ。
熱を帯びるとカニの背中が赤くなるらしい。
かなりオシャレな発想だが、置き場所取りそう(笑)
四面式の食パン焼き器。
食パンを焼くためだけにわざわざ・・・とも考えてしまうが、そういう時代だったのだろう。
確かに4枚まとめて焼けるのは大家族にはオススメだ。
その2へ続く